ホットなニュースで、日本の世界遺産が2件登録されました。「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」
と「北海道北東北を中心とした縄文遺跡群」です。
そこでこの会員便りでは近年私が行ってきた世界遺産のいくつかを登録や評価の面から紹介します。
■ 日光の社寺(文化遺産)
■ 富士山(文化遺産)
■ 百舌鳥・古市古墳群(文化遺産)
■ 長崎と天草の潜伏キリシタン関連遺産(文化遺産)
■ 小笠原諸島(自然遺産))
■ マチュピチュ(複合遺産)
■ イグアス国立公園(自然遺産)
■ シドニーのオペラハウス(文化遺産)
■ モン・サン・ミシェルとその湾(文化遺産)
■ リラの修道院(文化遺産)
■日光の社寺(1999年登録、文化遺産)
この7月に行った世界遺産を紹介します。登録名称は「日光の社寺」で、東照宮、そして二荒山神社、輪王寺の3つ寺社が登録されています。
念のためですが華厳の滝や中禅寺湖などは世界遺産ではありません。
日光は784年に勝道上人が開山して、室町時代には日光修験道の最盛期を迎えます。その後はご存知のように徳川家康を祀る東照社ができて、徳川家光の命で「寛永の大造替」が行われて今の状態になりました。当初は神仏習合で一体となっていましたが明治政府が出した神仏分離令によって東照宮、二荒山神社、輪王寺に分けられました。
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【二荒山神社】
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【輪王寺】
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登録理由として「神格化された自然環境を背景にその前面の傾斜面に社殿を位置する配置は日本の神社の代表的景観」とあります。日本人なら当たり前の何気ないこの参道の傾斜も評価されました。
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【東照宮の参道】
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東照宮に入ると有名な「見ザル・聞かザル・言わザル」の三猿の彫刻が迎えてくれます。作者は不明ですが、この3つの“○○しない”には深い意味があって、昔から世渡りの常道なのかもしれません。有名な左甚五郎の作「眠り猫」なども含め、これらの彫刻は高く評価されました。
陽明門の彫刻も実に見事です。当時の徳川幕府の権力がどれほどのものだったのかが良く分かります。
陽明門は12の柱で支えられていますが、そのうち1本の柱の模様が逆さになっています。その理由は、建物物は完成させるとそこから崩壊が始まると伝承されていたので意図的に完成させなかったということです。
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【陽明門】
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■富士山(2013年登録、文化遺産)
やはりこの7月に行った世界遺産の富士山の紹介です。
世界遺産には人間が作った文化遺産と自然が造った自然遺産とがあり、その両方を兼ね備えた複合遺産があります。日本にある世界遺産は今回増えた分を加えて文化遺産20件、自然遺産5件ですが、残念ながら複合資産はありません。
当初富士山は複合遺産として登録を目指していましたが、自然遺産としては評価されませんでした。その理由は世界の山々に比べると富士山の形や火山活動などはそれほど珍しくなく、さらにゴミ問題もあったこともその理由のようです。
そのため正式な登録名称は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」です。その芸術の源泉になるという景観は私たちがよく知るところで、千円札の裏面の画も富士山です。下の写真はその千円札と同じアングルの本栖湖から撮影しました。
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【本栖湖から富士山(千円札裏面の同じアングル)】
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富士山はかつて頻繁に噴火していました。火山活動が活発だった8世紀頃には富士山そのものを神聖視して、噴火を鎮めるために「山宮浅間神社」ができました。富士宮市にあるこの神社には本殿がなく富士山の方向に祭壇を置いているだけという独特な神社です。
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【本殿のない山宮浅間神社】
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さらに噴火活動を沈静化させるために平城天皇の命で坂上田村麻呂が「富士山本宮浅間神社」を建立しました。この神社は浅間大神(木花之佐久毘売命)を祀っており、国内各地の浅間神社の総本山にもなっています。本殿は2階建ての浅間造りです。
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【富士山本宮浅間神社】
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富士山本宮浅間神社を参拝すると富士山の頂上に登ったのと同様な御利益があると言われています。その理由は富士山頂一帯がこの神社の所有地になっていて、山頂には奥宮もあります。写真は数年前に登頂した時のものです。
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【富士山頂上の奥宮】
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噴火が沈静化した11世紀頃から修験道や山岳信仰が盛んになり、登拝による独自の文化が生まれました。修験者の長谷川角行は修行により覚醒し、後に富士講と呼ばれる組織を作り、それを手配する御師も現れました。そのような信仰にまつわる文化や伝統などが評価されました。 静岡県富士宮市にある「白糸の滝」はその長谷川角行が修行した場所で、富士山の豊富な地下水が、高さ20m、幅150mの湾曲した絶壁から大小数百の滝になって流れ落ちています。その規模や景観というよりも修行した場所として評価されました。
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【白糸の滝】
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■百舌鳥・古市古墳群(2019年登録、文化遺産)
今年春に訪れた世界遺産で、大阪府堺市の百舌鳥(もず)地区、藤井寺市と羽曳野市の古市地区の49基の古墳が2019年に登録されました。古墳の規模はもちろん、その形が単なる墓地ではなく葬送儀礼のデザインだと評価されました。円墳、方墳、前方後円墳、帆立貝形墳という日本各地の代表的な4つの古墳が揃っていることも評価されました。
百舌鳥地区にある仁徳天皇陵(大仙古墳)は三重の濠を含めた長さは840m、日本で1番大きい前方後円墳で、エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つといわれています。
写真は堺市の市役所の21階の展望ロビーから撮ったものですが、やはりヘリコプターや気球に乗って上空から見る方が良いようです。
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【堺市役所の展望ロビーから見た仁徳天皇陵】
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仁徳天皇陵の前には立派な拝礼所があります。三重の濠の外側に鳥居があって、その鳥居の手間に柵があるので鳥居をくぐることも出来ません。濠の外から鳥居越しに陵墓の森を拝むだけになっています。
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【仁徳天皇陵の拝礼所】
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古市地区には日本で2番目に大きい応神天皇陵(誉田御廟山古墳)があります。こちらも前方後円墳で、墳丘は仁徳天皇陵に比べてやや小さいですが、墳丘の高さが応神天皇陵の方が高いので体積としては日本で1番です。
こちらにも拝礼所があって鳥居越しに陵墓を見ることができます。
応神天皇陵の周囲は完全に住宅密集地で、濠を直ぐ前にして住宅が横並びに何軒も建っています。世界遺産の天皇陵の濠を自分の家の庭の池のようにして贅沢な借景をしています。
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【応神天皇陵の濠と周辺の家】
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系図としては仁徳天皇の父親が応神天皇になりますが、学術的にはどちらの墓も埋葬人物を特定できていません。そこが課題だという世界遺産委員会から指摘を受けています。
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■長崎と天草の潜伏キリシタン関連遺産(2018年登録、文化遺産)
この登録名称にある潜伏キリシタンという聞きなれない言葉を説明しておきます。世界遺産に申請するにあたり、明治になって禁教令が解かれカトリック教会に戻った信者たちを潜伏キリシタンと呼んで、カトリック教会に戻らずに隠れていた信仰スタイルを変えずにいた信者を隠れキリシタンと呼んで区別しました。
申請にあたって、ストーリー作りのため4つの時代に分けています。
- 始まりはキリスト教の布教と島原天草一揆、そして禁教体制(鎖国)に移行した時代
- 形成は信徒が神道や仏教などを装う潜伏方法の確立した時代
- 維持拡大は隠れやすい五島の島々に移住した時代
- 変容・終わりは200年ぶりに信仰を公にして教会が建築された時代
昨年の秋、私は3の五島列島と4の大浦天主堂に行ってきました。その様子は2021.1の
会員便り「長崎の島巡り」にも載せており、五島列島や壱岐対馬を紹介しています。
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【3.維持拡大 奈留島の江上天主堂】
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【4.変容・終わり 長崎市の大浦天主堂】
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■小笠原諸島(2011年登録、自然遺産)
今まで紹介してきました日本の世界遺産は全て文化遺産でしたので、
自然遺産で比較的近年に訪問した小笠原諸島を紹介します。
小笠原諸島は大陸と陸続きになったことのない海洋性島孤で、
陸産貝類(カタツムリ)と維管束植物などの固有の生態系が多いことが特徴です。
それら固有種を守るため環境保全や外来種排除を行っていることが実際に現地に行ってみるとよく分かります。
上陸時には陸産貝類の外来種を持ち込まないように必ず食塩水(海水)で靴の裏を消毒します。
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【消毒のために海水を染み込ませたマット】
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小笠原諸島全てが世界遺産登録されている訳ではなくて、
人が住む父島と母島の集落は対象地域にはなっていません。
小笠原は1968年まで米国領だったこともあって道路も建物も米国本土のように広くできています。
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【小笠原父島のメインストリート】
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南島は手つかずの自然が残っている美しい島で、
島全てが世界遺産に登録されています。自然保護のため島に渡るには専門ガイドの同行はもちろん、
歩くルートも決められており時間制限もあります。
また、さらに厳しい靴の裏の消毒と検査があります。それによって島の自然は守られています。
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【南島の扇池】
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■マチュピチュ(1983年登録、複合遺産)
私が昨年行った海外の世界遺産を紹介します。新型コロナウイルス感染症が流行する直前に行ってきました。
有名なインカ帝国の都市遺跡マチュピチュはアンデス山脈の標高2430mの山の上にあります。
インカ帝国では灌漑設備、車輪や製鉄技術をもっていなかったにも関わらず、
どのように運び上げ加工したかなど未だに謎です。周囲は手つかずの自然で絶滅の危機の真っ赤な
アンデスイワドリが生息するなど、遺跡と自然が共存しています。
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【マチュピチュ遺跡】】
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マチュピチュ遺跡の向こうに見える山が標高2693mのワイナピチュ山で、この山の頂上付近にまで遺跡が造られています。
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【ワイナピチュ山頂付近の遺跡】
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遺跡の中にある「太陽の神殿」は、高さ5mのカーブした壁に囲まれ、
冬至と夏至の朝に窓から日が差し込む太陽信仰に基づいた造りをしています。
インカ帝国は太陽信仰でしたので王は太陽の子孫だとされていました。
そのためマチュピチュ遺跡はインカ帝国の王が礼拝に訪れる別荘か離宮だったと考えられています。
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【太陽の神殿】
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■イグアス国立公園
(1984年アルゼンチン登録、1986年ブラジル登録、自然遺産)
世界最大の滝、イグアスの滝はアルゼンチンとブラジルの国境にあって、
それぞれが別々に世界遺産登録されています。従ってイグアス国立公園という世界遺産は2つあることになります。
登録面積は圧倒的にブラジル側が広いのですが、滝の8割はアルゼンチン側にあります。
登録の理由は自然美・景観美、そして生物の多様性です。世界最大の水量を誇るために、
その水や水しぶきによって多様な動植物が生息しています。
イグアスの滝は大小275本の滝からなる滝の集合体で、その中でも最大の滝は先住民グアラニ人が名付けた
「悪魔の喉笛」で高さ82m、幅150mのU字型をしています。U字の部分の長さだけでも700mあるので驚きの大きさです。
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【イグアスの滝全景 中央奥が悪魔の喉笛 その左がブラジル滝】
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【悪魔の喉笛】
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【ブラジル滝】
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■シドニーのオペラハウス(2007年登録、文化遺産)
2018年に行ったシドニーのオペラハウスです。日本でも有名なオペラハウスですが、
ここが世界遺産になっていることを知る人はあまり多くいません。
デンマーク人ヨーン・ウッツオン設計でコンペティションの結果採用されました。
1973年に完成して、建築家が存命中に登録されたという珍しい世界遺産です。
登録の理由は人類の創造的資質や人間の才能です。世界最大級のパイプオルガンも有名です。
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【オペラハウス】
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オペラハウスは港に面した要塞跡に造られていますので、クルーズ船などが停泊します。
私が行ったこの時は昨年コロナ騒動で有名になったあのダイヤモンドプリンセスが停泊していました。
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【ダイヤモンドプリンセスとオペラハウス】
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■モン・サン・ミシェルとその湾(1979年登録、文化遺産)
5年前に行ったフランスのモン・サン・ミシェルは、1000以上ある世界遺産の中でも常に人気ベスト3に入るものです。
この施設は10世紀末、ノルマンディー公リシャール1世がベネディクト会の修道院を創建したものが起源で、イギリスとの百年戦争では要塞に、フランス革命の時は監獄として使用され、20世紀半ばに現在の状態になりました。
基本はノルマンディー・ロマネスク建築で内部はゴシック様式ですが、
多様な様式が混在しています。丸天井の地下礼拝堂はノートル・ダム・スー・テール聖堂と呼ばれ、
低層階は巡礼者用、中層階は貴賓室や騎士室、修道士の瞑想の場、
最上階の回廊は220本の円柱で優美なゴシック様式になっています。
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【モン・サン・ミシェル全景】
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【モン・サン・ミシェルから その湾を眺める】
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■リラの修道院(1983年登録、文化遺産)
2年前にブルガリア旅行で立ち寄ったリラの僧院はブルガリア正教の総本山として
ブルガリア観光では外せない名所です。
10世紀に修道士イワンが洞窟から始め、ブルガリアの発展とともに修道院の権威や勢力も拡大していきました。
14世紀の大地震で全壊しましたが再建され、イスラム教のオスマン帝国にブルガリア全域が支配されても
特権が認めらました。1833年火災で全焼し、それでも再建されて現在に至っています。
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【リラの修道院全景】
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聖母聖堂の天井のフレスコ画は最高傑作と言われていますが、
残念ながら聖堂内部は写真撮影禁止です。それでも外壁や回廊にはフレスコ画が綺麗に描かれています。
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【聖堂の壁や回廊に描かれているフレスコ画】
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最後に今回世界遺産に登録された2件を簡単に説明します。
「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は自然遺産で、
鹿児島県と沖縄県にあります。この地域は国土の0.5%しかありませんが
日本の脊椎動物の57%、その中で日本固有種は44%も生息しています。
絶滅危惧種のアマミノクロウサギ、貴重なイリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナも生息しています。
「北海道北東北を中心とした縄文遺跡群」は文化遺産で、
北海道、青森県、秋田県、岩手県にあります。
三内丸山遺跡は多数の竪穴式住居跡見つかったことで1万年以上長期間に渡り採集・漁労・狩猟による
定住生活が行われ、この地域独自の生活や精神文化が分かります。
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今回紹介した世界遺産は、私が実際に行ったものです。
個々の旅行については「旅のチカラ研究所」のホームページで旅行記として公開しております。
こちらの方も是非ご覧ください。
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植木圭二
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