当時の写真電送機 「104E型」より少し古い「104A型」 | 
    2004年4月 井上政敬   | 
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     『プロジェクトX』風に書くと   
    倒産の危機から立ち直った、小さな工場の男達が、寝食を忘れ、「通信を制する者は世界を制する」と「時間距離ゼロ」を
    目指し壮絶な戦いに挑んだ男のドラマである!  
    (♪風の中のスバル・砂の中の銀河・みんな何処へ行った 見送られることもなく・・・)  
     1968年(昭和43年)10月に開催されるメキシコオリンピックで、毎日新聞社様が宇宙中継によるカラー写真電送を
    世界で始めて実施することになり、当社がそのカラー写真電送機の開発を担当することになった。
    送信機はメキシコへ持っていくことから新規に開発をしたが、受信機は、モノクロ印画紙をドラムに巻き付け、受信後
    暗室にて現像、定着して新聞製版に現用している104E型受信機を改造して、カラーフイルム受信するという画期的
    な企画であった。  
     104型写真電送機は、鋳物ベッドを歪みが出ないように、涸らし期間をおいて、機械加工後キサゲで摺り合わせして、
    平面を確保しなければならない超精密、高精度を要する機械であった。そのキサゲ加工の名人が、関口三兄弟の次男
    保夫さん(通称ヤッサン)である。私も師匠ヤッサンにキサゲを習い、大きな定磐に光明丹を塗り摺り合わせて、
    下の作業台に乗せる作業の繰り返しであった。また移動台にオイルタンクがあり、スキャンレバーを上げると連動して
    タンクのコックが開き、リードスクリューにオイルが供給される仕組みになっているし、ギヤボックスには
    フライホイールが付いていて、ウオームギヤとメインギヤは常にオイルに浸っていて、ドラムの回転はクラッチで
    ON、OFF出来る構造になっている。  
     機構的な主な改造は 
     1.移動台に搭載されている光学系に三原色のフイルターを付ける。 
     2.リードスクリュー(送り棹)を正転、逆転切り替えにする。  
    以上の改造を行うのだが、現役で使用中の機械を改造するので、失敗は勿論、短時間で行わなければならず、比較的
    写真が来ない夜に行うことになった。  
     5月16日(木)東京本社で実施して、良好ならば5/20〜22日名古屋、23日〜25日大阪、
    26日〜28日小倉で実施する計画でスタートした。東京本社は何度も行っているので、皆顔なじみな人達で
    安心して作業出来るが、最初なので要領、段取りがうまくいかず、結構時間が掛かった。
    作業内容は先ず光学系のグローチューブ(シルバニア製)を外し、スリットに入る前に回転式
    のカラーフイルターを取り付け、小さなプランジャーで梃子の原理で動かす物だが、これはあらかじめ会社で準備してきた
    ので順調に進んだ。  
     次はギヤボックスの後にある、切り替えボックスにリレーとプランジャー取付用の穴を空けて2.6ミリのタップでネジを
    切る作業であるが、本体の上に乗らないと穴が開けられない。お客様の前なので土足では乗れないので、ウエスを敷いて
    靴を脱いで乗る。それを見ていた担当者が、さすが東方電機さん、機械を大事にしますね。と声を掛けられ少し嬉しく
    なった。電気ドリルで穴を空け、タップを切り、取り付けたが、プランジャーで引っ張った時に、リレーの接点が上は離れて
    いて、下は接触していなければ成らないのだが、微妙な調整が必要なので、プランジャー取り付け穴を長穴に加工した。
    これでリードスクリューが正転、逆転するようになるのだ。順調に作業が進み再組み立てが終わり、始めて動かしたら、
    逆転の時のギヤマークが酷い。弱ったナー! 何が悪いのか見当が付かない。ハーフナットを外して見たら大分摩耗していたので、
    持参した新品に交換したら、大分良くなった。しかしまだ満足する状態ではないが時間も遅くなったので、
    再調整は明日に回し、本日の作業は終了とした。  
     5月17日(金)今日は朝から作業に入る。逆転時のギヤマークが直らないので、ハーフナットを外し、台形ネジの角の
    部分を、笹っぱ、で面取りをして見て、取り付け台を再調整する。微妙な角度調整を行うのに、百分の5ミリの紙を切り、
    裏側に挟み込みネジを締め付ける。これを何度も繰り返し、漸く満足のいく嵌め間になり、画像を出したらギヤマークも
    無くなり、責任者に見せて了解して貰う。これで各地の改造の目途がたち20日から順次実施する事になった。
      
     5/20〜22日の名古屋は順調に進み、大阪に移動した。  
    さてここからが苦労話になるのだが・・・  
     初日に改造は順調に終わって、夜の8時過ぎだったが、東方さん食事しましょうと誘われ、外で食事して帰った迄は良
    かったが、明日にしようか、迷ったが簡単に調整できると思い、クラッチの調整に入った。これがとんでもない事になって
    しまった。プランジャーを引くとアームが梃子の原理でクラッチを押しつけ駆動軸にかみ合う仕組みになっているのだが、
    軸に六角穴付きネジ(通称アンブラコ)で止めているのだが、奥が深いので特製レンチ(長くつないだもの)で緩めて、
    再度締め付けたら、「ピシ!」と音がしてネジが割れてしまった。締まっているのでこのままでも大丈夫なのだが、次に
    調整するときネジが緩まなくなってしまうので、このままにしておくことは、出来ないので、分解してユニットを取り出す。
    ヒビが入ったアンブラコネジはなかなか取れない。先ずレンチを油砥石でテーパーにして、差し込み回すが空回りして
    NG。次はポンチで回そうとするが、これも駄目!弱ったナー? 
     何か良い方法無いか!煙草を一服して考えるが名案がない。時間は既に夜中の1時。東方さんまだ帰らないので
    すかと心配して声を掛けてくれたが、えーもう少しだけやらせて下さい。
    だけど妙案がない!よし!最後の手段だとアンブラコネジにドリルで穴を明け、タップを切って取り出そうとするが、
    このネジは焼きが入っているので堅いが、ようやく穴はあいた。次にタップを切り出したら、ポキッ!ん、やっちゃった!
    あーあどしょう!困ったナー心臓がドキドキする。冷静になれと自分に言い聞かせて、再度煙草を吸う。もう4時だ!
    どうする!折れたタップを取りにかかる。ポンチで根気よく叩いていたら、うまく動いた!
    しめた!ゆっくり慎重に回してどうにかタップは取れた。叩いた衝撃でネジも動いたので、レンチを強く入れ回したら、
    ようやく取れた。良かった!助かった!
    ネジ穴周辺はポンチで叩いたので使えなくなって、しまったので、別な所に穴を明け、慎重にタップを切りやっと完了
    した。再度組み立てして、終了したのは朝7時だった。
    完全徹夜になってしまい、夜勤の人から大変ですねと労いの声を掛けられ、まさかこんな失敗をしたことは報告でき
    ず、えー仕事ですからと冷静に装い、再調整して、夕方5時に宿に帰った。ぐっすり寝て翌日出社して、最後の調整を
    して、次の小倉へと向かった。  
     そして、10月12日11時(日本時間13日 午前2時)メキシコシティにて、オリンピックが開幕。私たちの改造した
    写真電送機が、メキシコシティから開会式の写真を受信し始める。その日の新聞には、鮮やかなカラー写真が紙面を
    飾っている! 
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    メキシコオリンピック開会式(毎日新聞所載の電送写真から) | 
    
      
   (♪ 語り継ぐ人もなく 吹きすさぶ風の中へ 紛れ散らばる星の名は 忘れられても♪ 
     ♪ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない・・・・・・)。
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