印画紙は紙缶に巻かれたロール状で、専用の暗箱にセットされローラーで引き出しカッターにより大・小、所定の
サイズに切断しドラムに巻き付けるものだが、ここに当社の決定的な武器なる技術が生まれた。
ドラムの直径は63φoと固定であり、大・小2サイズの印画紙の巻き付け方向の長さは一定で、
幅が異なることになる。そこでメカ担当の小南氏は印画紙をドラムと平行に引き出し、所定の長さにカットし
そのままドラムに直角にスライドさせ、それぞれ異なるサイズを巻き付ける独自技術を考案した。
この技術の実用化に当たり、カール対策を併用したカッター板や輪切りの円盤を並べた籠型ドラム、
また印画紙の巻き浮きを防ぐしごきバー等のユニークな技術の採用もあり、単葉式と比べ安定性や信頼性を
飛躍的に向上させることができた。 しかし、納期までの時間は大変厳しく設計ならびに製造部門は連日の残業、
泊り込みで何とか製品に仕立て上げることができたが、ユーザー様による立会検査で不合格、納入寸前まで
設計変更や改造で完徹を余儀なくするはめになった。 こうした苦労話は限りないが、
105で生まれた特許、実用新案や当社のもう一方の武器である全国ネットのサービスの支援により、
競合メーカーを圧倒することができた。ちなみに競合メーカーは大・少2本の印画紙を搭載、
複雑な機構となっている。そしてこれらを武器に大手の中央各紙や気象庁、建設庁、防衛庁等の官庁での採用により
105全自動の全盛を築くことができた。 これまでの105は電気部品がデイスクリートで構成されていたが、
ICの普及や低価格化によりIC化が施された「107型」機や、その後のレーザー光源による平面走査、温風乾燥機を
組み込んだ3浴式の「109型」機を後継として時代ごとの要請により変遷して行ったが、以降も不動の地位を守ることができた。
しかし、新聞制作は80年代からCTS化が進み、これらの装置はコンピューターの写真プリンター
機能としての端末機となり、88年のソウルオリンピックを期してカラー化や蓄積型デジタル電送として形態を
大きく変えて行くことになった。 コンピューターに直接接続する「111DRデジタル写真受信機」や省コストの
「609MR」型の感熱記録タイプのモニター受信機が出現し、使い方も大きく変わって行った。
そして、昨今ではパソコンの普及やITを始めとして通信、ネットワークなどの新技術の出現と進歩、
またインクジェット記録技術を代表とした汎用のプリンター技術の画期的な技術革新や低価格化により、
それまでメーカーを支えた専用の電送機は、世の中の技術の進歩と共にその機能だけが残り、
さらに「協動係数」や「線密度」といった技術用語も死語となり、写真電送50年の歴史の遺産と化して行った。

河北新報社様で当社の電送機群と共に40年の長きに亘り歩んでこられたご担当のお客様から、
退職時の記念として頂戴した貴重なテレホンカードセット。(H6年3月)
最後に、当社の製品を末永くご愛顧頂いたユーザー様、また技術を評価して歴史の一代を担う喜びを与えて頂いた
大勢の方々に、この場を借りて謝意を述べたいと思います。
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