パナソニック電送社友会 会 員 便 り
世界一周クルーズ 目次
 
目次
 2025年12月19日寄稿 世界一周クルーズ 出航
 2025年12月25日寄稿 世界一周クルーズ ハワイ
 2026年01月03日寄稿 世界一周クルーズ タヒチ
 2026年01月11日寄稿 世界一周クルーズ イースター島
 2026年01月22日寄稿 世界一周クルーズ ペルー
 2026年02月02日寄稿 世界一周クルーズ チリ
 2026年02月12日寄稿 世界一周クルーズ アルゼンチン
 2026年02月18日寄稿 世界一周クルーズ ブラジル
 2026年02月27日寄稿 世界一周クルーズ ナミビア
 
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世界一周クルーズ 出航
No.355
世界一周クルーズ 出航
2025年12月19日
植木 圭二
 

 12月15日、私は横浜港よりクルーズ船に乗って世界一周の旅に出ました。これから107日間の長い船旅になります。
 今回の世界一周クルーズは、私にとっては2度目になります。 前回は北半球を西回りで回りましたが、今回は南半球を東回りで回ります。

 その様子をこの会員便りで紹介していく予定です。 ただ衛星回線を利用しますので、回線は細く、多くの情報を送ることは難しいのでご容赦して下さい。

 船はパシフィックワールド号、7万7千トンです。飛鳥Ⅱよりも少し大きいサイズなので、プールなどの設備も充実しています。

 日本を出航して5日目、時速30kmほどで航行していますから、日本から約3000km離れました。これから暖かいハワイに向かいます。

 現在、日本との時差は2時間あって、進んでいます。そのため2回の時差調整日がありました。 具体的には1日23時間の日が2日あって、その日は就寝する前に時計を1時間進めるという作業になりました。 前回の世界一周クルーズは西回りだったので、25時間の日がありましたが、今回は23時間なので、何だか損をしたような気分です。


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植木 圭二
 
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世界一周クルーズ ハワイ
No.356
世界一周クルーズ ハワイ
2025年12月25日
植木 圭二
 

█ 日付変更線
12月21日、横浜を出航して1週間、その間に3回の時差調整日を経てきました。つまり日本との時差はプラス3時間です。
 そし本日、日付変更線を通過するので1日前になります。そのために明日も12月21日ということになり、 日本との時差はマイナス21時間になります。これは12月21日が2回あることなるので、この船ではこの2つの日を区別するために 本日は12月21日①として、明日は12月21日②と呼びます。

 このことによって今回のクルーズは107日間としていますが、それは日本にいる人にとってであって、実際に船に乗っている人に とっては108日間のクルーズになります。
 ただし総時間は変わりませんから。1日増えるのは、1日23時間を24回行っているからです。

 ちなみに西回りの世界一周では、1日25時間の日が24回あるので、日付変更線を越えると1日無くなります。

【日付変更線付近を航行した時の航跡と虹】

█ 緊急搬送
 ハワイに近づいたある日、昼過ぎにブリッジから「本線はメディカル搬送のために明日朝8時にヘリと合流して急病人を降ろします」 との船長の放送が流れました。
 これには船内が騒然としましたが、私にとっては過去にも別の船で同様なことがありましたので比較的冷静に聞けました。

 翌朝はプールデッキへの立ち入りが禁じられています。7階のウオーキングデッキには入れるので、見ているとヘリコプターが現れて、 船の上空でホバリングをしています。見事なまでのホバリングで、微速で航行している船の上でピッタリと止まっています。
 ヘリコプターはデッキにストレッチャーを降ろして病人を収容して、間もなく離れて行きました。そして船長から無事に搬送を 終えたことの報告がありました。

【ホバリングするヘリコプター】

█ ハワイ
 いよいよホノルルにやってきました。朝焼けのホノルルやダイヤモンドヘッドが私たちを迎えてくれます。 このような構図から朝日を見ることができるのはクルーズ船に乗っての来島だからこそでしょう。

【ダイヤモンドヘッドから出る朝日】

 ホノルル港で一時下船をします。そして路線バスに乗って30分、飛行場にやって来ました。 ここから飛行機に乗って約50分のフライトでハワイ島のコナに向かいます。

 そして事前に連絡を取っていたハワイ島に住む高校時代の友人が空港に迎えに来てくれており、 マニミオワリビーチにやって来ました。既に夕方ですが、海は青く澄んで、サーファーや海水浴客で賑わっていました。
 クルーズの途中で個人で飛行機を手配して、移動するのは私にとっては初めてですが、とても良い経験になりました。

【ハワイ島のマニミオワリビーチ】


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植木 圭二
 
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世界一周クルーズ タヒチ
No.357
世界一周クルーズ タヒチ
2026年 1月 3日
植木 圭二
 

█ ホノルルを出て
 12月26日夜、ホノルルを出港して3時間、船長からの緊急放送がありました。急病人が出たのでホノルルに引き返すということです。
 船はホノルル港に戻りますが、接岸せずにテンダーボートに急病人を引き渡します。横浜を出航してまだ10日余りで2件のメディカル搬送です。
この船の乗客数は1950人で、その平均年齢は70歳を超えていますから、いろいろなことが起こります。

【ホノルルのメディカル搬送】

 芸達者祭という船内イベントが開かれました。乗客の中で、芸達者と思う人がステージで歌や踊りなどの一芸を披露します。
 私も超満員の観客の前で、昔取った杵柄の落語を演じました。大学時代の落研でやっていたので実に50年ぶりに演じましたが、 何とか笑われました。
 それにしてもこの催しは芸達者と思う人の参加なので、町内会のかくし芸大会のレベルの人もいれば、プロ顔負けの人もいます。 いや実際にシンガポールで歌っているプロの参加もありました。
 このように年末年始に向けて、船内は盛り上がって行きます。

【落語風景】

█ 珍しい日の出
 珍しい日の出の3連発を紹介します。
 12月30日の日の出は6時05分、船上からその日の出を見ることになります。この日の出が珍しい理由は、この日の6時頃に赤道を通過するので、 まさしく赤道の日の出です。
 そして今回のクルーズでは“世界で最初の初日の出”が見られます。しかも初日の出を2度も見ることができます。
 それはこの船が12月31日の夜明け前に一時的に日付変更線を越えて、1月1日になるからです。これは日付変更線が一直線ではなく、 人間社会の諸事情によって出っ張っているということで発生します。
 そして再び日付変更線を越えて12月31日に戻ります。すると次の日は1月1日なので、これもまた初日の出になります。

【日付変更線の妙】


【世界で一番早い初日の出】

█ 年越しイベント
 12月31日の夜7時20分から船内のシアターでNHK紅白歌合戦が放映されます。ただし日本時間よりも19時間遅れているので、 19時間前に日本で放送されたものの録画映像になります。
 これが終わって、ビュッフェレストランでは年越しそばが提供され、その後はプールデッキでの年越しカウントダウンイベントが行われて、 新年を迎えます。

 元旦の昼には鏡開きが行われて、日本酒が振る舞われます。着物や浴衣姿の日本人、外国人も多くいます。私も和服で参加して酒を1杯いただきました。 鏡開きの他にも、おせち料理に初釜もあって、赤道直下の洋上で非常に珍しい正月になりました。

【鏡開き】

█ タヒチ
 1月2日、タヒチ島に上陸です。私は下船してモーリア島というタヒチ島の直ぐ近くの島にフェリーで渡りました。
 モーリア島には、綺麗なビーチがあり、いかにも南太平洋の島という感じがします。

【タヒチ島の隣のモーリア島のビーチ】

 そしてタヒチ島に戻り散策です。街は東南アジアのような喧騒の世界ではないですが、ハワイほど都会的ではありません。 それでも綺麗な海辺の公園が印象的でした。
 レストランで有名なHINANOビールを注文すると、生ビール1.5リッターが2850CSPですが、ハッピーアワーで半額になっています。 日本円では約2000円です。

 夕食前、船のシアターで本場もののポリネシアの音楽とダンスのステージがあります。 いわゆるタヒチアンダンスで、ハワイのフラダンスに似ていますが勢いがあってテンポが速く、女性だけでなく男性も加わるので、力強く感じます。
 そして男女が登場するので、男女のからみも多くあり、かなりセクシーな部分もありました。

【船内で行われたタヒチアンダンスのステージ】


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植木 圭二
 
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世界一周クルーズ イースター島
No.358
世界一周クルーズ イースター島
2026年 1月11日
植木 圭二
 

█ 船旅ならでは
 1月7日、太陽が真上に来るという日になっています。プールデッキに出て空を見上げるとほぼ真上で、影ができないという現象になります。
 ご存じのように太陽の軌道は赤道を中心に南北それぞれ23度26分の北回帰線と南回帰線の間を往復しているので、 赤道を過ぎて南回帰線までの間でそのような現象が生じます。

【太陽が真上から射して影ができない】

 タヒチを出て連日の1日23時間の時差調整日によって時間が早くなっています。 本日の日の出は8:04で、プールデッキで行われる毎朝のラジオ体操は7:15なので、真っ暗の中での体操になります。
 それにしても連日なのでたとえ1時間ずつでも数日重なると睡眠不足になり、体内時計が狂ってきているようです。

 夜は星空が綺麗です。数年前に南半球の船旅をした時には南十字星をいつも見ていましたが、今回はまだ見ていません。 ちなみに日本では鹿児島県の与論島がその北限なので、沖縄本島やその南では南十字星を見ることができます。

█ 船内イベント
 乗船客には外国人も多いので英語、中国語、韓国語の通訳が21人乗っており、その紹介イベントがありました。 通訳たちは皆若い女性で、若い女性パワーを感じます。
 外国語をどうして学んだかという話で、半分くらいが帰国子女などの家庭環境によるところですが、 残り半分は公立高校などで英語の勉強をして自分のものにしたということを話してくれました。そんな若者たちからパワーややる気を貰った気がします。

 現在この船に乗っている6組、13人のミュージシャンによる共演ステージがあります。 普段は一緒に演奏しないような組合せもあり、弦楽器に加え、エレキギター、ドラム、ベース、ピアノ、オーボー、ギターの弾き語りなどが 一堂に会しての演奏は、大変魅力的で予想外に良かったというのが正直な感想です。

 ひょんなことから船内で行われている俳句の会に入ることになり、週に1~2回で句会に足を運んでいます。
 俳句は季語があって四季を楽しむものですが、ここは洋上でしかも南半球だから季節は逆転しています。 改めて日本文化と四季について考えさせられます。

█ イースター島
 イースター島はオランダ人がこの島にたどり着いたのがイースター(復活祭の日)だったので、この名前が付けられたのですが、 現地の言葉ではラパヌイ島と呼ばれています。
 島の人口は約7700人、周囲約60kmで、人口もサイズも伊豆大島くらいです。

 島に近づくと、船からモアイ像5体が確認できます。やはりこの島はモアイ像の島で、島内には約1000体ものモアイ像があると言われています。

【船から望遠で撮ったモアイ像】

 島には大きな船がつけられる岸壁がないために、船を沖合に錨を降ろして停泊させて、 救命ボートをテンダーボート(通船)にして上陸をします。

【救命ボートを降ろして上陸】

 最初に訪れた「ハンガ・テエ・バイフ」は海辺にモアイ像8体がうつぶせに倒されています。
 その昔に部族間対立があって、相手方のモアイ像を倒すというケンカが行われたと言われています。 従って島内のモアイ像は倒されているのが圧倒的に多いようです。

【倒されたモアイ像】

 「アフ・トンガリキ」では海辺に15体のモアイ像が立ち並んでいます。その姿は実に爽快で、島内有数の観光名所になっています。 実はこの15体は、日本の会社が無償で重機を持ち込んで立て直したものです。

【15体のモアイ像】

 モアイ像切り出し場跡の「ラフ・ララク」には製造過程のモアイ像が多く見られます。中には最大で21.6mのものもあります。
 ここからどうやって切り出したのか、地元のガイドは一生懸命に説明してくれますが、私はどうも合点がいきませんでした。
 そもそもこの島は謎が多く、他の陸地との距離は2000km以上も離れており、完全に南太平洋の孤島です。 ここに人間が移り住んだだけでも謎でしょう。

【切りだし途中の21.6mのモアイ像】

 そして、その切り出した後のモアイ像も多く残っています。

【切り出された後のモアイ像】


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植木 圭二
 
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世界一周クルーズ ペルー
No.359
世界一周クルーズ ペルー
2026年 1月22日
植木 圭二
 

█ ある日の始まり
 私の船上の1日はウオーキングで始まります。船を一周できる7階のデッキは、約530mあって、私は海を見ながら5週程度回ります。 この毎朝のウオーキングは景色も良く非日常で楽しいのですが、地面(甲板)が揺れるので注意が必要です。

【朝の7階デッキ】

 7時15分からプールデッキで行われるラジオ体操に参加します。当初はラジオ体操の参加人数は500人くらいましたが、 最近は200人程度になっています。乗船当初の乗客たちは何でも参加してみようと意欲を燃やしていましたが、 そろそろ落ち着いてきたのかもしれません。

 そして次は朝食です。レストランは和食を出すレストランと、洋食を出すレストランと、ビュッフェスタイルのレストランがありますが、 朝の私はほとんど和食のレストランに行って和定食を食べます。

【朝食の和定食】

█ イルカに遭遇
 イースター島からペルーへ向かう南太平洋で何気なく海を眺めていたら、船に並行してイルカが30頭くらい泳いでいます。 私は思わずシャッターを押しました。イルカとの遭遇はそれほど珍しくないのですが、クジラは滅多に遭遇しません。 今度はクジラとの遭遇を期待して海を眺めることにします。ついでに書くとトビウオは多く見かけます。

【イルカ】

█ 夏祭り
 夏まつりが開催されました。真冬の日本では大寒波襲来のようですが、こちらは南半球で真夏です。
 船内には浴衣持参の人も多くいますが、浴衣の貸し出しもされており、多く人たちが浴衣姿で夏祭りを楽しんでいます。 特に外国人客の浴衣姿が多かったような気がします。もちろん私も浴衣姿で参加しました。

 夏祭りのメインイベントは盆踊りで、異常な盛り上がりを見せています。踊るのは東京音頭、炭坑節、ドラエモン音頭、 そしてなぜか荻野目洋子のダンシング・ヒーローが非常に受けていました。
 みんな実にいい顔をしています。船上の夏祭りは解放感があって、皆はじけ飛んでいると言ったところでしょうか。

【夏祭りの盆踊り風景】

█ ペルー入港
 ペルーの首都リマに隣接するカヤオ港に入港しました。ペルーの太平洋沿いは砂漠地帯で雨があまり降りません。 加えて沖合には寒流のペルー海流が北上しているために霧が発生し易く、霧の中の入港になります。 赤道に近いので、まぶしいはずの太陽が優しく迎え入れてくれます。
 有名なナスカの地上絵は紀元前から描かれたそうですが、雨が降らないので雨による浸食がなく長期間保持されています。

【霧のペルー カヤオ港の朝】

█ ペルー観光
 ペルーには有名なマチュピチュ遺跡やナスカの地上絵、インカ帝国の首都だったクスコなどがあります。 そのために船は4日間も停泊するので乗船客の多くはそれらの観光地に出かけて行きます。 ただ私は数年前の南米旅行でそれらを巡っているので、今回は行かないでのんびりしています。
 尚、ペルーの観光地や歴史、食事のことなどは旅行記「南米の旅2020」に詳しく書いていますから、 旅のチカラ研究所のホームページから入ってご覧ください。


█ リマ
 それでもどこにも行かないのはつまらないので、リマの旧市街地を訪れました。
 その中心はアルマス広場で、周辺には大統領官邸やカテドラル(大聖堂)があります。 このカテドラルはインカ帝国を征服したスペイン人「フランシスコ・ピサロ」が礎石を置いたというペルー最古のものです。

【アルマス広場のカテドラル】

█ タクシーで市場へ
 船内で知り合った友人たちとカヤオ港近くの市場に行きました。市場はタクシーで行く距離で、 ペルーのタクシーはメーターがなく、全て交渉で価格が決まります。

 市場はアウトレットのようで、食料品、衣料品、スポーツ用品、何でもあって喫茶や食事もできます。 マクドナルドがあったのでビッグマックの値段を見たら日本円換算で約1000円ということで日本よりも高いようです。
 今まで何カ国見てきましたが、日本の物価が一番安いようです。
 ただ果物や野菜はその数や品種が実に豊富です。バナナだけ売っている店が並んでいるかと思うと、 トマトだけとか、ジャガイモだけとか、驚くべき数です。価格はざっと日本の1/10程度でした。

【バナナだけ売っている店舗が並んでいる】

 帰りもタクシーに乗りました。小遣い稼ぎのいわゆる白タクのようです。 運転手は10米ドルを要求してきましたが、当方は3人なので、6米ドルにしてもらいました。
 ところが目的地直前の交差点で、信号が赤になったのに突っ込んでいきました。 すると右からやって来た車と衝突してしまいました。 私は助手席に座っていましたが、幸いにしてケガはありませんでした。
 小遣い稼ぎのつもりだったようですが、とんだことになりました。
 それにしてもその後の事故処理が日本と全く違います。たまたま近くにいた警官が運転手に事情聴取していたと思ったら、 10分もしないうちにタクシーは去っていきました。ぶつけたもう1台の車もいません。 現場の写真撮影も運転手同士のアドレス交換もなかったようです。この程度の交通事故は日常のようです。

【私たちが乗ってきたタクシーと運転手と警官】


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植木 圭二
 
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世界一周クルーズ チリ
No.361
世界一周クルーズ チリ
2026年 2月 2日
植木 圭二
 

█ 播磨和男さん
 紹介するのが遅くなりましたが、実は社友会会員の播磨和男さんが奥様と一緒にこの船に乗っていました。
 横浜を出航してちょっとしたら船内で見かけたので声を掛けて、お茶をしたり飲んだりしています。 話の内容はこのクルーズのことから始まり、会社のこと、あの人はどうしたとかという話題になり、語り尽くせないほどです。

【播磨さん(右)と私(左)】

█ バルパライソ
 時差調整によって、日本との時差が12時間になりました。つまり日本からすると地球の反対側になったことを意味しています。

 船はチリのバルパライソに寄港しました。街歩きをしてスーパーマーケットを覗くと、物価は安いようです。 チリワインは1本400円程度、缶ビールのロング缶は150円くらい、果物などは日本の1/10程度です。

 バルパライソは「天国のような谷」という意味で、山の斜面に家が密集しています。街は坂道が多く、家や壁に描いた壁画が多くあります。 街全体が世界遺産に登録されているということで、綺麗な街並みを期待していましたが、あまりそうではありませんでした。

【バルパライソの街の中】

 夜景がとても綺麗で、夜景に見送られながらの出港シーンはさすが世界遺産の街という感じです。

【バルパライソの港を出航する時の夜景】

█ 浜田敬子さんと畠山澄子さん
 テレビの情報番組のコメンテータなどで活躍されている浜田敬子さんがゲストでペルーから乗って来ました。 御存じの方も多いと思いますが、浜田さんは朝日新聞の記者に始まり、AERAの編集長などを歴任したジャーナリストです。
 彼女がこの船に乗ったいきさつは、TBSテレビのサンデーモーニングにピースボート共同代表の畠山澄子さんが月1回出演していますが、 その関係のようです。
 2人の対談「高市政権と日本の民主主義の行方」がシアタールームでありましたので見てきました。 内容はテーマのごとくですが、分かり易いトークでした。

【浜田敬子さんと畠山澄子さん】

█ パタゴニアフィヨルド
 チリの南極に近い海岸はフィヨルドが多くあります。1月30日の朝6時、フィヨルドの入り、パタゴニアフィヨルドの「ピオ11世氷河」の近くに到着しました。 氷の塊が海に落ちる映像をよく見かけますが、それがこの氷河のようです。 残念ながらあいにくの雨と霧でその光景は見ることができませんでした。

【ピオ11世氷河】

 そして終日、パタゴニアフィヨルドの遊覧が続きました。このフィヨルドはあまりせり立っておらず、比較的なだらかな山が続いています。 それでも滝も多く見られます。

【パタゴニアフィヨルド航海中 船尾の風景】


█ マゼラン海峡
 パタゴニアフィヨルドを抜け、太平洋に出てマゼラン海峡に入りました。 マゼラン海峡は太平洋と大西洋を繋ぎ、南アメリカ大陸の本土最南端とフエゴ島の間の583kimもある海峡で、1520年にマゼランによって発見されました。
 南米大陸最南端の「カーボフロワード岬」の前を通過すると、大きな十字架が岬の先端の山の上にあります。 道も無ければ船が着く場所もないので、どうやってあの十字架を持ち上げたのか不思議です。

【南米大陸最南端のカーボフロワード岬】

█ プンタアレナス
 チリ最南端の街、プンタアレナスに入港しました。マゼラン海峡で最も広くなっている部分にあるこの街は、マゼラン海峡を通る船によって繁栄しました。 それゆえ街の真ん中の「アルマス広場」にはマゼランの大きな像が立っています。
 この街は南緯53度10分にあって、16万人が住んでいます。真夏だというのに寒く、街歩きにダウンジャケットは必須です。
 この街は、今まで見てきた南米大陸の街に比べて小綺麗で、北海道の地方都市のような感じがします。

【マゼランの像】

█ ペンギンの島
 プンタアレナスの沖合、つまりマゼラン海峡に「マグダネル島」という野生のマゼランペンギンが多く生息する小さな無人島があります。 私はプンタアレナス港から小さな船に乗 って、島に渡りました。野生のペンギンがこれだけたくさん生息している光景は、私にとっては初経験です。
 そのペンギンを見ながら島を回るルートがあって、約1時間かけて歩いて回りました。
 島内にはカモメも多く生息しています。現地ガイドはカモメと言っていましたが、私が見る限りウミネコで、鳴き声も似ていました。 まあウミネコもカモメ科なので、似ているのでしょう。

【マグダネル島のペンギンたち】


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植木 圭二
 
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世界一周クルーズ アルゼンチン
No.362
世界一周クルーズ アルゼンチン
2026年 2月 12日
植木 圭二
 

█ ウシュアイア
 2月3日、今回の旅で最も南に位置する都市「ウシュアイア」にやって来ました。 ウシュアイアはアルゼンチンのフエゴ島にあって、世界で最も南にある約8万人の観光都市です。 その南緯は54度48分で、日本最北端の宗谷岬は北緯45度31分なのでかなり極地に近い街になります。
 本日の最高気温は14℃、最低気温は6℃で、南半球だから真夏だと言うのにダウンジャケットは必須になっています。
 この街は南極観光の拠点になっているため、今回のクルーズでも百人近い乗客がオプショナルツアーで南極に渡ります。 その費用は最低150万円、最高500万円というものです。

 南極観光だけでなくウシュアイアは綺麗な街で、南米大陸らしい荒々しい山が港に迫っています。

【ウシュアイアの港】

█ 世界の果て号
 ウシュアイア一帯には、かつて刑務所がありました。日本でいえば網走と同じように極寒の地の感覚かもしれません。
 その刑務所の受刑者たちを使って木材を切ったりしていましたが、その木材を運ぶ鉄道の線路も受刑者たちが敷きました。
 今ではその線路を活かして観光列車「世界の果て号」が運行しています。そして私たちはその列車に乗り込んでいきます。

【世界の果て号】

 世界の果て号は主に平原を走ります。そこには受刑者たちが木材の切り出しをしたために切り株がたくさん未だに残っています。 木材は家具にすることや暖を取るために必要なものだったのでしょう。

【受刑者が切った切り株のあと】

█ 刑務所
 ウシュアイアの街には受刑者たちが収容されていた刑務所が残っており、現在は観光施設になっています。それにしても独房にはストーブがなく、 広くて長い2階建て廊下にストーブが2台あるだけです。この極寒の地で、それは厳しい“おつとめ”だったのでしょう。 これを見たら刑務所には絶対に行きたくないと思うはずです。

【刑務所の内部】

█ 食べ物
 南極大陸と南アメリカとの間はドレーク海峡があります。そのドレーク海峡の南アメリカ側の最南端の岬はホーン岬です。 そのような銘柄の美味しいビールを飲みました。
 さらに日本でも寒い海は魚が美味いというのが相場ですが、ここでも魚料理は美味しいです。街のレストランでは魚介料理が多く出てきます。 ここはスペインが支配していたので、料理もスペイン料理が多く、パエリアを食べました。

【ビール「CAPE HORN」】

【パエリア】


█ バルデス半島
 アルゼンチンの大西洋に面したほぼ中間地点にバルデス半島があります。その半島の付け根に位置する港街「プエルトマドリン」に寄港しました。
 バルデス半島は1999年世界自然遺産に登録された自然豊かの半島です。その自然保護区に入ると乾燥したステップが広がっています。 地平線もそのまま見えるのでその広さ充分に分かると思います。草原にはグアナコとい呼ばれる野生の馬かアルパカのような動物がたくさん生息しています。

【野生のグアナコ】

 景勝地「プンタピラミデ」にやって来ると、昼寝をしているアザラシたちがたくさん出迎えてくれます。鳥も多く、海の色は青緑で実に美しい半島でした。

【アザラシ】

█ 南十字星
 南緯が高いので、晴れていれば夜には南十字星が頭上の高い位置に良く見えます。 ただ乗客の多くは南十字星を見たことがないようで、私のところにどれが南十字星かを聞きにきます。 中には南十字星は星が1つだけと思っている人もいるようで、4つの星の集まり、つまり南十字座だと初めて知った人もいました。
 ちなみに南十字星は北極星のように真南にあるのではなく、回転しています。従って季節と時間によっては日本でも沖縄県で見ることができます。


█ 中間発表会
 クルーズもほぼ半分過ぎて、船の中の様々な活動も折り返し時期になります。 そんな時「まんなか発表会」と呼ばれる学園祭のようなイベントが催されました。
 以前に会員便りでも紹介しましたが、この船に乗ってまだ間もない頃に私は落語を披露しました。 それが結構受けて、方々からもう一回聴きたいという声を掛けられていました。しかしさすがにもう一度落語する気力も練習時間もないので、 乗客参加型の企画を思いつきました。出演者を募って短い小咄をする舞台にしました。練習には1ヶ月近くかかりましたが、大変受けて喜ばれました。
 参加した8人は私以外全くの素人で、生まれて初めての小咄ですが、約500人の前で笑われることに快感を得たようです。

【500人の前のステージで行った小咄】

█ ブエノスアイレス
 アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに寄港しました。私は船で知り合った友人たちを誘ってタクシーで街中に出ました。 ブエノスアイレスの街並みは南米のパリと呼ばれるほどに綺麗です。
 街の至るとこにマラドーラやメッシの写真や壁画があって、完全にサッカーの国、サッカーの街といっていいでしょう。
 街の中心にある「7月9日大通り」は幅が110mもあるもので、これを渡ろうとすると徒歩で2~3分もかかります。 この通り沿いに綺麗な街並みが続いています。

【7月9日大通り】

█ ラプラタ川
 アルゼンチンとその隣国のウルグアイの国境はラプラタ川になっていて大西洋に注ぎます。 その河口の幅は実に270kmということですから、とんでもなく広い河口です。
 ただ問題は河口の水で、南米大陸から運ばれてきた泥水によって海水が濁っています。これも滅多に見ることができない海の色です。
 ついでに河口の広いこのラプラタ川でも南米大陸2番目で、もちろん1番目はアマゾン川ですから、この大陸のスケールには驚くばかりです。


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植木 圭二
 
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世界一周クルーズ ブラジル
No.363
世界一周クルーズ ブラジル
2026年 2月 18日
植木 圭二
 

█ モンテビデオ
 ウルグアイの首都「モンテビデオ」に寄港しました。本日はウルグアイのワイン工場の見物とそこで造られたワインの試飲に行きます。
 南米の街はヨーロッパ人によって造られましたが、ヨーロッパ人の食生活にはワインが必須で、 船で運ぶと劣化することも多く、南米各地でワイン造りが広まりました。

 チリなどに比べてウルグアイ産のワインは日本ではあまり出回っていませんが、かなり大規模にワインを造っています。
 私が驚いたのは、昔はワインを造るためにコンクリート製の樽を使用していたとのことで、 それを利用してワイナリー見学に来る人々の宿泊施設にしたというもので、牧歌的な雰囲気がとても気に入りました。
 もちろんワインも料理も上等で、思わず飲み過ぎてしまいました。

【モンテビデオのワイナリーのコンクリート製の樽を利用した宿泊施設】

█ サントス
 ブラジルのサントスに入港し、市内観光です。「モンチ・セハーの丘」に登るケーブルカーに乗りましたが、 とにかく暑くて、久しぶりの真夏の日差しが堪えます。
 サントスはコーヒー豆で有名で、かつてコーヒー豆の取引所が博物館になっています。 取引をしたメインホールの天井には大きな綺麗なステンドグラスがあります。 ここではコーヒーを買う観光客も多いので、私も買ってしまいました。

【コーヒー豆の取引したホール】

 その近くの駅から旧市街地を巡る路面電車があります。 世界各地からプレゼントされた電車が走っており、日本の長崎のものもありました。

【旧駅舎の前に着いた長崎の路面電車】

 ブラジルで最も有名な人はサントスが生んだサッカーの英雄のペレでしょう。 その功績をたたえた「ペレ博物館」があります。個人の博物館で世界中から人が来るというのは本当に凄いことです。
 果たして日本人のスポーツマンで世界レベルの人がいるのでしょうか。考えてみてもちょっと見当たらないです。 でもひょっとしたらいずれ大谷翔平になるかもしれませんね。

【ペレと私】

 世界一長い海岸「ゴンザカ・ビーチ」に来ました。とにかく広くて、7kmも海岸線が続きます。 単に長いだけではなくて、砂浜が広くて、私はこんな広いビーチを観たことがありません。
 それにしても女性は老いも若きもスタイルに関係なくにビキニを着ています。それも布の部分が極めて小さいものばかりです。

【ゴンザカ・ビーチ 遥か彼方にビーチパラソル、そしてビル街】

█ リオデジャネイロ入港
リオデジャネイロに入港しました。この時期のリオデジャネイロはカーニバル見たさに地元やブラジル中だけでなく、 世界中から観光客が来ています。
 港の周辺を散歩に行きましたが、少し街の中に入ると、お祭りムード一色です。上半身裸の男たち、 ビキニ姿でTバックのきわどい水着の女性たちがわんさかと集まっています。
 私は不用意にもそこに入ってしまい、全く身動きが取れずに、裸同然の群衆に囲まれてしまいました。 それはまるで日本の満員電車、身の危険さえも感じてしまいます。

 リオデジャネイロは夏真っ盛り、そこで「コパカバーナ海岸」に行きました。ここでも女性の水着は老若問わずに、 きわどいビキニで、見ていて実に気持ちいいです。砂浜は綺麗で白く細かい砂がとても印象的でした。

【コパカバーナ海岸】


█ コルコバードの丘
 有名なコルコバードの丘に登る登山電車駅に行きました。駅は観光客でごったがえしています。 私はインターネットで事前予約していましたが、予約が無いといつになるか分からないようです。 ここから登山電車でコルコバードの丘に登ります。
 ここは“丘”と言うよりも“岩山”です。それも大きな一枚岩のような絶壁の山の頂上にキリスト像が立っています。 その像はリオデジャネイロの街を見守るように立っています。

【コルコバードの丘のキリスト像】

 実に巨大で頑強な像です。像の前の猫の額ほどの平らな部分に観光客でごった返して写真を撮っていました。 このキリスト像は実は教会になっていて、私は旅の安全を祈願してきました。

【コルコバードの丘からリオデジャネイロ市内を見る】

 船に戻って、夜になるとコルコバードの丘のキリスト像がライトアップされています。 さらに9時を過ぎたら赤く染まっていました。


█ リオのカーニバル
 この時期のリオデジャネイロは街中の至る場所でカーニバルが繰り広げられています。 ただ有名なのはメイン会場で行われるコンテストです。ここに出場するチームは地域に根差したサンバチームで、 その人数は1チームで約4000人、1年をかけて踊りや太鼓、山車の準備をするとのことです。
 1日に4チームが躍ります。それが数日間続きます。 コンテストなので審査されて、その結果上位6チームが最後の土曜日に再び踊るとのことです。

 カーニバルのコンテスト会場に行きます。とにかく凄い交通渋滞と人出です。 夜10時から始まるのですが、9時前に到着しましたが、既に会場は熱気に包まれています。
 そしてコンテストがいよいよ始まります。太鼓の音が地響きのように体の足元から響いてきて、とにかく大迫力です。 出演者も観衆も皆踊り出しています。
 高さ20~30mはあるだろう、大きな山車が5~6基も登場します。その山車の上でも何人も踊っています。 落ちないのが不思議なくらいにエキサイティングに踊っています。大勢の踊子たちに交じって、大きな山車も5~6基も出てきました。
 10時から始めて1時間30分程で演技が終了します。これで終了になるが通例ですが、これで1チームが終わりました。 次のチームになる前に掃除する人たちが約10分で掃除して、落ちたゴミや、紙吹雪、山車の破損した部品などを回収して綺麗にします。
 そして2チーム目が始まったのは0時過ぎです。それゆえ最終は明け方に終了します。そんなことが連夜繰り返されるからすさまじいです。

【リオのカーニバルのコンテスト】


【山車のひとつ】

 私は2チームを見終わってから船に戻りましたが、真夜中の3時でした。船に戻ってもサンバのリズムを刻む太鼓の音が響き渡っていました。 窓を閉め切ったキャビンにいても聞こえるのだから凄い音です。

█ 大西洋へ
 リオデジャネイロ港を出航しました。1時間程経った頃に船が港に戻るために転舵しました。 船内放送では怪我人が出たので陸の病院でないと治療できないので急遽引き返すとのことです。
 頭を包帯でぐるぐる巻きにした患者がボートに移った写真を友人が見せてくれた。

 これからリオデジャネイロを出航してアフリカ大陸目指して大西洋をひたすら東に向かって進みます。
 東に向かうと言うことは時差調整をすることになり、南米大陸に入ってからしばらく続いた時差(日本時間は-12時間)は本日で終了です。 そのため本日は23時間で1日が終わり、明日から日本との時差は-11時間になります。


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  http://tabinotikara.com/index.html

植木 圭二
 
パナソニック電送社友会 会 員 便 り
世界一周クルーズ ナミビア
No.366
世界一周クルーズ ナミビア
2026年 2月 27日
植木 圭二
 

█ 船内の楽しみアレコレ
 私が現在乗っている船は日本船ではないので、大浴場はありません。 船室もシャワーのみなので、私は夕方からサウナに行くことにしています。 サウナは男女別ですが水着着用で入ります。ただ問題は水風呂がないことです。
 そこでサウナ室の隣にある海水のプールを水風呂代わりにしています。 水温は海水温そのものなので、船の航行している場所によって変化し、赤道付近では30℃を越え、南極近くでは9℃にもなりました。 海水プールのあとはジャグジーに入りますが、こちらは淡水で40℃近いので快適です。

【サウナ横の海水プールとジャグジー】

 ジムにはランニングマシンやウエイトトレーニング用機器などがあります。
 最上階のデッキではピックルボールが楽しめます。 ピックルボールはテニスと卓球を混ぜた競技でバドミントンのコートサイズです。 ハワイに寄った時に友人がはまっていて、アメリカで流行っているようです。

【ピックルボール】

█ 南大西洋の夕日と月
 雲のない日、南大西洋上で夕日の写真を撮りました。 船は東に向かって進んでいるので、朝日は船首から、夕日は船尾から見ることができます。

【南大西洋上に沈む夕日】

 三日月の写真を撮りました。三日月は北半球の日本だと右から太って行きますが、ここは南半球なので逆に左から太っていきます。
 何故そうなるのか、についてはここでは触れませんが、皆さんで調べてみてください。 あるいは6月の研修旅行の時にお伝えいたします。ついでに赤道付近はどう見えるかも、考えると面白いです。

【日本とは逆の三日月】

█ 洋上大運動会
 洋上大運動会が開催されました。生まれた月によって乗客を赤黄青緑の4団に分けて競い合います。 ちなみに私は青組になりました。
 一週間くらい前から各団の色のTシャツや衣装を着た人が多くなり、否応なしに盛り上がっていきます。 そのように各団が結束して、その一体感がなかなか面白くて、老若男女楽しんでいます。そしてそのパワーの源は若者たちでしょう。
 運動会の定番の玉入れや綱引きもあり、応援合戦のパフォーマンスも素晴らしく、この短時間に良く練習できたと感心しました。

【洋上大運動会の綱引き】

█ ナミブ砂漠
 ナミビアのウォルビスベイに入港しました。 アフリカ大陸の西岸なので、南米のペーやチリのように寒流の影響で霧が出迎えてくれます。
 ナミブ砂漠に行くツアーに参加しました。 自動車は4WDのトラックを改造した20人乗りの車で、それを見ただけで私も皆も興奮してしまいます。

【4WDトラック】


 砂漠には電線があって、それに並行するように道路が続いています。この砂漠の一部ではウラン、金、銅、ダイヤモンドも取れるというので、 採掘のために水と電気も必要だからパイプラインと電線が砂漠を何百キロも敷かれています。
 線路もあって、列車が走って来ます。もちろん踏切も遮断機もありません。線路の幅は日本のJR在来線と同じで狭軌です。 これは明治時代に日本が鉄道を導入する際に、アフリカの植民地で走っている狭い軌道を導入したからです。 従ってこの狭い軌道は別名ケープ軌道と呼ばれており、植民地の象徴かもしれない。

【ナミブ砂漠の線路】

 その近くの「7(セブン)」という砂の山に来ました。砂山は、そこだけ撮れば鳥取砂丘に似ていますが、 辺り一面が砂漠で、その砂山を登っても幾重にも連なっている砂の山があるから途方もありません。

【砂の山】

 砂漠に「ウェルウィッチア」いう草が生えています。その和名は「奇想天外」だということだから全く想像外の草です。 砂漠という過酷な環境下で何百年もの寿命があります。中には2000年というものもありました。

【ウェルウィッチア】

 「ムーンランドスケープ」という砂漠の中に谷のような荒地のようなものが広がっています。 ここは映画「猿の惑星」のロケに使われた場所で、まさしく地球のものとは思えない光景です。
 とにかく雄大な景色で、ガイドの説明ではゴンドワナ大陸の頃に出来上がった地形ということで、 アフリカが地球のはじまりだということが実感できます。

【ムーンランドスケープを背にした私】


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植木 圭二
 
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