5月の中旬、廃線ウオークというイベントに参加してきました。それは群馬県の横川駅から長野県の
軽井沢駅までの信越線の廃線を歩くもので、数々の感動がありました。
█ 廃線ウオークとは
1893年(明治26年)に碓氷峠を走る信越線の群馬県横川駅から長野県軽井沢駅までの区間が開通しました。他の区間はすでに開通していたので、これによって東京から群馬・長野・新潟が鉄道で繋がりました。
横川駅~軽井沢駅は営業距離11.2km、標高差は552mで66.7パーミル(水平に1000m走る間に66.7m登る)という急勾配のために当初は線路の間にノコギリ型のラックレールを設置して機関車の車輪に歯車を付けたアプト式を導入しました。
速度アップのために1963年(昭和38年)に新しく線路を建設し、アプト式をやめて電気機関車2台でけん引する方式に変更しました。最初は単線でしたが、後に複線化されました。
長野オリンピック開催に合わせて北陸新幹線が長野まで開通し、それによって信越線のこの区間は1997年9月末で廃線になりました。
その廃線区間は普段は立入禁止ですが、特別に歩く廃線ウオークというイベントがあり、今回そのイベントに参加することになりました。

【廃線ウオークの説明図】
█ 廃線ウオークが始まる
廃線ウオークは午前11時に群馬県の横川駅から始まります。
そして横川駅前には1963年に役目を終えたアプト式の機関車の歯車付きの車輪が展示されています。

【横川駅 左にアプト式の車輪】
参加者の人数はざっと数えて35人くらいです。平日なので小中学生はいませんが、中高年を中心に男性が多く、若者もそれなりにいます。鉄道マニア、廃線ウオークマニア、写真マニア、山歩き愛好者などが参加しているようです。
参加者の服装は軽登山用のものですが、少し変わっているのはヘルメットにヘッドライトの着用です。ヘルメットは必須で、貸し出しもしてくれます。
このイベントは線路を管理する安中市が主催するので、対応もしっかりしています。専門のガイドが案内してくれて、伴走車も付くので体調を崩したら伴走車に乗せてもらえます。
█ アプトの道を歩く
最初は線路と並走するアプトの道というハイキングコースを歩きます。
この道はアプト式の列車が走っていた線路ですが、ノコギリ型のラックレールも線路も撤去されて、現在は全て舗装されています。
アプトの道沿いにある「碓氷峠鉄道文化むら」には各種鉄道車両が置かれています。その中に二重連結された電気機関車があって、絶好の写真スポットだとガイドが教えてくれます。
二重連結電気機関車は急坂を登るために、わざわざ手前の横川駅で連結しました。その連結作業の時間を利用して有名な“峠の釜めし”を販売されました。

【「碓氷峠鉄道文化むら」の二重連結電気機関車】
さらに歩いていくと、旧丸山変電所があります。古いレンガ造りの建物なので重要文化財に指定されています。ここでもガイドは写真撮影のための時間をたっぷりとってくれました。

【旧丸山変電所】
歩き始めて約1時間で「碓氷峠の森公園」に到着し、ここで昼食になります。峠の釜めしが用意されていて、その包装紙には廃線ウオークのロゴが入っています。
この昼食代や伴走車などの費用を含めて、廃線ウオークの参加費用は8500円になります。
█ 立入禁止区間へ
昼食後、いよいよ立入禁止区間の線路を歩きます。とは言ってもこれから先の区間はトンネルばかりで、8~9割がトンネルといったといころです。

【立入禁止区間を歩く】
いよいよトンネルに入ります。トンネルの中に入るとかなり涼しく感じます。外気温は21℃くらいで、内部は15℃くらいでしょう。ガイドの話では夏でもあまり変わらないというから避暑にはもってこいかもしれません。

【トンネルに入る】
線路はゴツゴツした石が敷かれ、コンクリート製の枕木にレールが乗っています。ガイドは「石の上よりも枕木の上を歩くと楽ですよ」と言っていますが、枕木の間隔は大人の歩幅よりも少し短いので、長い時間歩くとそんなに楽ではありません。

【トンネルの中を歩く】
█ 鉄橋とめがね橋
最初の長いトンネルを抜けると鉄橋に出ます。鉄橋の下は深い谷になっており、参加者たちは恐る恐る下を眺めています。そもそも線路に立ち入ることさえ禁じられていますから、鉄橋から下を見ることなど通常ではあり得ないことです。

【鉄橋の上】
谷の先の離れたところに有名な「めがね橋」が見えます。長さ91m、高さ31mでレンガ造りとしては日本最大の鉄道橋で、それは芸術品と呼ぶにふさわしいものです。
めがね橋はかつてアプト式列車が走っていましたが、現在はハイキングコースになっており、観光客が歩いています。
ガイドが「めがね橋に人がいるので、手を振ってください」と言うと、皆が一斉に手を振ります。めがね橋の観光客もそれに気が付いて手を振り返してくれます。この何ともほほえましい光景にほんのり暖かい気持ちになります。

【鉄橋からめがね橋を見る】
この区間のトンネルや鉄道橋は当時の日本の最新鋭の技術を集結して建設したので、多くの鉄道技術者が勉強に来るとのことです。本日も土木を勉強している学生が、卒論のために参加しているそうです。
█ トークと出し物
線路をただ歩いているだけではつまらないので、様々な“トークや出し物”が用意されています。
トンネルの壁や入口、そして枕木にも、いろいろな刻印が打たれています。その一つひとつの意味をガイドが克明に説明してくれます。
ガイドは、「これらの知識は今まで廃線ウオークに参加してもらった専門家から聞いたことばかりです」と言っています。
夜間の廃線ウオーク「ナイトウオーク」もやっているとのことです。約2kmのコースにプロジェクションマッピング、照明、音響機器を置いてオリジナルストーリーをたどりながら歩くということです。
長いトンネルのほぼ中央に参加者全員が立ち止まって、ガイドのカウントダウンにより全員のヘッドランプの明かり消します。
すると全く何も見えない真っ暗闇の世界になります。このような完全無の世界は通常は経験できないでしょう。
夜間ではなくても、トンネル内は暗いのでプロジェクターを使って短編動画を壁に上映してくれます。スピーカーも用意されており、トンネル内の反響で重量感ある音が再生されます。
█ 旧熊ノ平駅
旧熊ノ平駅に到着します。横川駅からハイキングコースのアプトの道だけを歩いてくれば、この駅がちょうど折り返し地点になります。

【旧熊ノ平駅】
旧熊ノ平駅はアプト式で開通した時は単線でしたから、この駅は上り下りの列車がすれ違うために設けられました。
しかし山に挟まれた狭い土地なので、すれ違い用の線路を作るのは大変でした。そこで本線のトンネルの隣に行き止まりの短いトンネルを掘って、列車の最前部を一旦退避させ、次にバックして最後尾をまた別の行き止まりトンネルに入れ、再び前進させて本線隣の乗降用ホームに停めてすれ違いをしました。
その行き止まりトンネルと、複線化した時に新たなトンネルも掘ったので、この駅には4つのトンネルが並んでいます。

【旧熊ノ平駅の4つトンネル】
この付近は紅葉がとても綺麗なので、「♪秋の夕日に 照る山もみじ」の歌い出しで始まる童謡「もみじ」は、その紅葉を歌にしたとのことです。
█ 野生動物と遭遇
先頭を歩くガイドが「今、トンネルの外にカモシカがいますから、静かに出口に来てください」と言っています。トンネルを出るとカモシカがこちらを向いて立っていて、私たちが写真を撮り終わるのを待っていたかのように去って行きました。

【カモシカ】
ガイドは「山蛭(ヤマビル)に注意して下さい」と言っています。
山蛭は20℃を超えると出てくるから、これから夏に多くなります。本日は約21℃だから山蛭はまだ少ないようです。トンネル内はもっと気温が低いから夏でも心配無用とのことでした。
█ 廃線ウオークを終えて
最後のトンネル内に群馬県と長野県の県境があります。そこを越えて長野県に入るとすぐに軽井沢駅になって廃線ウオークが終了しました。
昼食時間も含めて約6時間で、11.2kmを歩きました。歩数計は約2万歩を示していました。
何とか無事に終えましたが、途中で中高年の夫婦がリタイアして伴走車に乗っていました。通常の山歩きではそういかないですが、伴走車があるので助かります。
ガイドは最初から最後までしゃべり続けでした。お蔭で鉄道のこと、信越線の歴史、地域や観光のことなど、様々なことを聞くことができてとても勉強になりました。
以上、信越線の廃線ウオークを簡単に紹介してきましたが、ここで紹介していない部分もまだたくさんあります。それらは旅行記「碓氷峠廃線ウオーク2025」で別途公開しています。
「旅のチカラ研究所」のホームページを是非ご覧ください。
http://tabinotikara.com/index.html
植木圭二